因習と禁忌の場
柳田国男の名が出てきたので、民俗学者として屋内をあまり出ない彼とは真逆に、山村や集落をとにかく足を棒にして訪ねまわるフィールドワークという方式をとった、民俗学者の宮本常一の発表した「梶田富五郎翁」という短編に少し触れながらコメントしたいと思います。
両親が早世した梶田富五郎氏が幼少の時、所属していた地元の漁師の一団が「対馬は魚がたくさんいる」と勢いで移住し、そこの「天道法師」なる怪異を恐れて禁忌の地とされていた場所に住み、様々な魚がいることが口コミで広がって他の地方からも移住者が増えていき、結果「ゼロから大人数の集落が形成されていった歴史」が語り継がれている、というものです。宮本常一「忘れられた日本人」(岩波文庫
ISBN978-4003316412)に収録されているので興味があれば。
その梶田富五郎氏の述懐の最期は、夜毎に轟音を鳴らしていた天道法師も、とっくの昔に現れなくなったので「やはり人間が一番偉い」と締めくくられています。
この国の歴史だけを見ても、人間は禁忌の地を畏れながらも、因習を打倒するというよりは、更に強烈な因習を持って塗りつぶして禁忌を踏みにじってきた感はあるのです。各地の豪族の神を神道の天津神に支配させ、更に疫病や謀反で中央政権が危うくなると仏教を持ち出してきたように。殊に日本人にはそうした歴史があるように思えます。
けれども、各地で今も祟りなす民間信仰の神々は、決して塗りつぶされて消えるものではないのです。そうでなければ現代に語り継がれ、崇め続けられ、畏れられることもないはず。
我々が踏みしめている大地は、薄皮一枚の距離で、古の怪異が侵食しようと広げた、大きな口の真上かもしれない。土地に、血筋に、染み入り絡みつき逃れられない、因習の贄として、どれだけ距離という見かけ上の離脱をはかっても逃げられない、めろめろ燃える怪異の火が一枚の紙越しに柔らかく忌まわしく照らす世闇のような恐怖。それがこの作品に対して私の感覚です。
本当の恐ろしさは肌触りが良い。
素晴らしい作品でした。良いひと時をありがとうございました。
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